毛嫌い

Posted on 6月 19, 2018 in その他

朝日新聞ができた当時は官権派や民権派の政論新聞が主流でしたが、創始者たちはそれを毛嫌いし、

創刊3年後に「報道中心主義」と「公平無私」を社是とすることにしました。こうしたことが大衆受けをしたのか創刊4年後には発行部数が20000部にも達し、当時の新聞の中では最も多い発行部数を誇るようになりました。その後、大阪から東京に本社を移し、東京朝日新聞と名乗るようになりました。この新聞社には、今では歴史的に有名になっている様々な人物が入社しています。例えばその1人に夏目漱石がいます。夏目漱石は、東京帝大と一高で講師を努めていましたが、それを辞めて40歳で新聞社に入社することにしました。それは吾輩は猫である、坊ちゃんという有名になった作品を発行してから間もない頃ででした。入社後もいろいろな作品を発表していきましたが、その中には虞美人草、三四郎といったものが含まれています。さらに、1909年には石川啄木が入社しています。石川啄木は校正係を担当する傍ら、一握の砂を発表しました。haru シャンプー 店舗